私 幸せかもしれない・・・
自分だけかもしれないが、歳を取ると昔の出来事がふと頭の中に浮かび上がることが有る、昨日もこんな話が
とある温泉に行ってきた、朝市で有名な日本海側の温泉郷、電車を乗り継いで乗り継いで最寄りの駅でバスに乗り換えてやっと着いた。
バスを降りると観光地だと言うのに観光客もまばらで静かな雰囲気だ、連休の後だし平日でもあるのでこんなものかと思いつつ時計を見るともう16時に近い
これは宿を抑えるのが先だと思い、バスの中から見えていた案内所に行き聞いてみた
ある程度の条件を言って探してもらったのだが時間も時間だし食事の用意が難しいらしい、それに一人旅という事でなかなか見つからない
「出来るだけホテルの様な団体さんが止まるようなところは避けて小さな旅館にして欲しい」と告げるとまた電話で探してくれた
「木造二階建ての少し古い旅館が有る」と言われたので自分の好みだと伝えそこにする事にした
場所を聞き早速その旅館に向かった
歩いて十五分位掛かったが、温泉街の奥の端っこでなんとも雰囲気のある建物だった
入口を入ると薄暗いのだが老舗って感じで歴史を漂わせている 「すみません」と声を掛けると
まだ三十五・六の化粧をしていなようだが憂いのある小奇麗な女性が「いらっしゃいませ」と旅館のはっぴに手を通しながら出てきた
「すみません、案内所でお願いした者ですが」
「はい、聞いております お一人様ですね」
風呂の位置、非常口の位置や食事の時間だとかを聞き一通りの手続きを済ませて部屋へ案内される、二階の一人にしては少し広い部屋だ
「先にお風呂は如何ですか?」と勧められたので風呂に入る事にした、風呂もこじんまりとしている。
風呂から上がりロビーのソファーで寛いでいると男性が近づいてきた
「当旅館の主でございます」と言い前のソファーに座った
自 「今日は静かですね」
主 「はい、お客様だけですよ」
自 「そうなんですか、無理を言ったみたいですね」
主 「いえいえ そんな事はないですよ」
自 「女将さんは綺麗な方ですね」
主 「あぁ 妹です」
自 「そうなんですか、この旅館は歴史が漂っていて趣が有り良いですね」
主 「解っている範囲で江戸時代からだと聞いています」
自 「あぁそうなんですね」
主 「先代と妹と私達夫婦でやっていたのですが、先代が亡くなってしまったので妹が女将として自分が調理や雑用をしているんですよ」
自 「ご主人の奥様は?」 普通奥様が女将を務めているものと・・・
主 「先代と一緒に・・・」
自 「あっ すみません!いらないことを聞いてしまいました」
主 「いえいえ 大丈夫ですよ」と笑顔で・・・
そこへ女将が食事の用意が出来たと言ってきたので部屋へ戻り食事を始めながら女将に聞いてみた
自 「歴史のある旅館を切り盛りするのは大変ですね?」
女将 「そうですね、でも子供の頃から手伝っていたので慣れていますよ」
自 「そうなんですか、そうだ寝る前にもう一度風呂に入っても良いですか?」
女将 「はい 大丈夫ですよ」
食後TVもつけず広い部屋で静寂を楽しんだでいると、一階のロビーからか柱時計の「ぼ~ん ぼ~ん」という音が微かに聞こえてきた
一、二、三・・・九つ鳴った、「まだ九時か・・・」夜型人間の自分にはまだ宵の口でこのゆっくりした時間の流れ方も良いもんだと・・・
しばらくして風呂に入ろうとタオルを持ち部屋を出た
廊下は照明を落としてあるのか薄暗い、窓の外を見ると真っ暗で虫の音が聞こえているだけだ
「今この空間、自分一人の世界」この雰囲気好きだよなぁ・・・
脱衣場で浴衣を脱ぎ、湯船の扉を開けると湯船に人影があった、ご主人だと思い「どうも~」と意味のない挨拶をしたが返事が無い
湯に浸かり人影の方を見ると湯気で良く見えないが微笑んでいる男性の顔がある
自 「こんばんは、この旅館の方ですか?」
彼 「・・・・・」
自 「え?すみません、今日は客は自分一人と聞いていたもので」
彼 「・・・・・」
彼は無言のまま湯から出たのだが、湯船に波が立っていない
ん?あぁ・・・またかよ、ストレス解消に来たのに・・・仕方ないか、何かを話したいのだろうと思い
彼を見ると何かを訴えているようだ、適当に相槌を打ちながら湯船に浸かっているとガラッと扉が開きご主人が入って来た
主 「こんばんは」
自 「あっ こんばんは、今仕事が終わったのですか?」
主 「はい いつもこの位です」
自 「大変ですね、一日長いでしょう」
主 「そうですね、でも仕事ですからね」
自 「それもそうですねw」
主 「誰かと話しているように思えたんですが?」
ご主人には見えていないんだと思い彼の方を見たがそこにはもう居なかった
自 「ははは 独り言が多いんですよ」
主 「明日は朝市に行かれるのでしょう?」
自 「はい ぜひ」
主 「では車でお送りしますよ」
自 「え 良いんですか?」
主 「はい 仕入れに行く途中なんで」
部屋に帰り横になり、彼は何を言いたかったのかと思いながら眠りについた
その夜彼が夢に出てきてぼそぼそと話していた、良く聞こえなかったが心残りが有るようだった
彼の話は
彼は漆器の木地の職人で女将と婚約していて、その日は彼の車で結婚式の引き出物に彼の作った物をお渡しするため彼の工房へ下見に行く事になったそうです
今の女将さんとご主人は旅館の支度で行けないので、先代と今のご主人の奥様が同行したんだそうだ
彼の工房は山の中腹にあり細い道路を昇って行くそうだ、その帰り道・・・彼が運転を誤り谷へ車ごと転落した・・・
夢の最後に彼が 「女将に伝えて欲しい・・・」と
「事故の事は申し訳なかった、今でも女将を愛している ずっとそばに居て寄り添っているよ・・・でも良い人を見つけて幸せになって欲しい・・・」
「次生まれて来た時は必ず一緒になろうって・・・」と言い消えて行った・・・
翌朝、朝食を済ませロビーに行くとご主人が居られたのでコーヒーを頼んだ
コーヒーを持ってきて頂いた時、ご主人に
自 「変な事を言いますが 変に取らないで頂けますか」
主 「はぁ 何でしょう?」
自 「昨夜 女将さんの婚約者にお会いしたんですけど」
主 「へっ どういうことですか?」
自 「先代のご主人や貴方の奥様が亡くなられた事故の事を彼から聞いたのですよ」
主 「いやぁ そんな事よく理解できませんよ」
そこへ女将が聞いていたのか
女将 「彼と話すことが出来るのですか!」
自 「いえ 話を聞いただけですよ・・・・」
女将 「何を話したのですか!」
女将は少し興奮しているようだったので
自 「事故の事を聞いただけで他には何も・・・」と濁しておいた
ご主人は怪訝そうな顔をしていたが「お送りします」と言い車を用意してくれた
朝市では二百ほどの店舗が道の左右に並び、魚介類や野菜、お土産物など色々な地元産の物が並び「こーてくで~」(買ってくれ~)の声が響き渡っている
一つ一つ店を見ていくと、少し先から手を振って自分に声を掛けている漆器を売っている店があった、せっかくだからとその店の前に行くと昨日の彼が笑顔で何かを言っているので相槌を打つように「昨夜の話は良く解ったので 女将に伝えておくよ」と言っていると
横の店のお婆ちゃんには自分が体育座りをして独り言を言ってるように見えたのか「はんかくさい」や「いさわるい」(変な人)(気持ち悪い)等と言って嫌な顔をされた
「お婆ちゃん 大丈夫ですよw」と言い隣のお婆ちゃんに笑顔で会釈をし旅館へ戻った
彼からの伝言は朝市に行くまでは伝える事はしないつもりだったが、朝市でまた顔を見せたので伝える事にした
荷物をまとめ、カウンターで清算をしながら女将さんに彼からの伝言を伝えると、少し涙ぐみながら
「そんな そばに居て寄り添っているなんて・・・いい人を見つけろ・・・そんな辻褄の合わない事を言われても・・・でも・・・でも・・・」
「私 幸せなのかもしれない・・・」と号泣
彼女はどんな状況でも幸せを感じる事の出来る人なんだ「もう大丈夫だろう 自分も見習わなければ」と思いながら旅館を後にした。
「幸せは自分の中にあり、自分で作るものだ」